「行き止まり」


オレはレポーターのサブらしい。今日の取材は海に面した自衛隊の基地である。メインのレポーターは昔から良く知っている高岡だ。二人とも片手にマイクを持ってすでに始まっている番組の中継開始を待っている。キューがでた。
「さて、今日はここ、自衛隊の基地、それも滑走路におじゃましてますっ。」
カメラはオレたち二人からパンアップして空に飛ぶジェット機に焦点をむけた。そう、今日のオレ達の仕事はこのジェット機の着陸そしてパイロットへのインタビューらしい。オレにはたのまれた記憶はまったくないがそういったシチュエーションであることはうたがいがない。高岡は続ける。
「この横塚基地には2本の滑走路があり、われわれはそのちょうどまんなかに立っております。ここでは、・・・・・・・・・・・」
他愛のない内容を話しながらそのジェット機がちゃんと中継時間内に降りてきてくれるまでを繋いでいるようだ。メインのレポーターはたいへんだ。そこへいくとオレは漫然と海の彼方から着陸態勢に移ったジェット機をデモ飛行の見学会に遊びにきた一般人の態度で見ているだけだ。これだからサブは楽だ。
「どうやら着陸ですよっ。テレビの前のみなさんにこの轟音が届いていると思いますが・・・・」
届くわけがない。家庭では朝の団欒の時間だ。それなりのボリュームで軽く流しているだけだろう。おや、オレはいやな予感がした。進入角度がそして高度が低すぎるのではないか。すくなくともオレは米国海軍のファミリー感謝デイの空母インディペンデンスに乗船しジェット機のデモフライトは間近でみたことがあるのだ。これは低い。さすがの高岡もそう感じたのか解説がとまった。
海面の上5メートルぐらいだろうか、そのままどんどん近づいてくる。滑走路のあるここは海面から10メートルぐらいのところだと思う。このままだと着陸ではなく岸壁衝突だ。それもいい。生中継だからおもしろくなる。
そんなことを考えている間もなくジェット機の轟音は近づきそこまできた。すわ衝突と思いきや、なんとジェット機は機首を上げフレヤをかけて前進スピードを殺し、滑走路の端にベトリと止まった。フレヤをかけて着陸するのはヘリコプターの着陸方法だ。ヘリコプターだからカッコよいのであって、ジェット機がやるとミジメである。かなりカッコ悪い。脚もひしゃげてしまっている。生中継としてはあまりすっきりしない着陸失敗だ。高岡はなにごともなかったかのような態度でマイクを片手に基地の一般的な解説をしながらジェット機がカメラアングルから外れるような方向に歩いていく。カメラさんも現場ADもその行動を察知したのか自然に自然に遠のいていく。だれもがカッコ悪いと思ったに違いない。予定ではパイロットのインタビューのはずだが、それを急遽中止することにしているのだろう。暗黙の了解というやつだ。出番のまったくないオレはそのチームワークとは一切関係なくジェット機を見ているだけでいい。楽だ。エンジンから火災も起きず滑走路の端に降りた、いや、落ちたジェット機のキャノピーが開き中からパイロットが出てきた。ケガなどはしていないようだ。
ん?女性パイロットのようだ。そうか。だからこんなところに中継にきたんだ。自衛隊初の女性パイロットとかそういうネタだったんだ。パイロットは一回翼の上にトンと降り立ち結構な高さがあるにもかかわらず地面にストンと飛び降りた。なかなか軽快だ。自分がジェット機にフレアをかけカッコ悪かったなんて全く思っていないらしい。女だからしょうがない。その辺りの感覚がわからん。彼女はそのままスタスタとこちらの中継チームの方角に向かって足早にやってくる。やはりカッコ悪かったなんて全く思っていないらしい。インタビューを受けてテレビに向かって喋りたいんだろう。その辺りの感覚がわからない。オレは興味本位からマイクを差し出しながらパイロットに走って近づいていった。カメラはいないから、このインタビューは意味のないものだが、オレだってレポーターだ。インタビューぐらいはしてもバチはあたらない。
「はっ、はっ、はっ、エー、はぁっ、はぁっ、あのー、はぁっ、はあっ、はあっ、はあ、・・・・」走ったもんで、質問よりも呼吸が優先になってしまう。中継されていたら事務所からお叱りを受けるパターンだ。
「はあっ、はあっ、さっきの機体は工場に引っ張って行ってチョチョイと修理すればすぐ飛ぶようになるんでしょうかねえ。」
しまった。我ながらつまらない質問だ。着陸に失敗して失意のどん底の彼女を労わって、たいした事故じゃないよね。というつもりがこんなつまらない質問になってしまった。
「そう簡単に直りゃしないわ。」
冷たい回答だ。
「1日に何回ぐらい着陸の訓練するのですか?」
すこしはまともな質問が出せたので安心した。
「1日に25回ぐらい。」
「ということはパイロットは10人ぐらいとのことでしたから250回も着陸するんですね。そんなにやっているんだったらたまには失敗もありますよね。」
慰めになってない。彼女は首にかけた手拭で顔の汗を拭いながら宿舎のある滑走路横のスロープを足早に降りていく。なんとなく肩に寂しさが表れてきた。時間が経って失敗の実感がヒシヒシと湧いてきたのに違いない。オレも横をマイクを差し出しながら足早にスロープを降りた。レポーターらしい行動だ。ただ役に立つことは結局なにもしなかったはずだ。中継はどうなったんだろうか。まあいい。スロープに沿って緑の金網が続く。金網のなかはそれほど広くない雑草の生えた空き地だ。彼女はその中ほどにある金網の扉につながる5段ほどの階段にヘトリと腰を掛けた。失意のどん底といった顔になった。
「はぁ。」
とか
「ふぅ。」
とか溜息をついている。



オレは高岡に小声で
「ウサギ見せてあげれば。」
と言って高岡の抱えているウサギを目で指し、彼女のそばに目線でもって移すことを促した。高岡はウサギをやさしくだきかかえて階段に座っている彼女の腿の上にそっと置いた。ちなみにこのウサギの名前はウーミンという。
「カワイイぃー」
即効性があった。というより単純なのか。
「カワイイー」
を連発している姿は自衛隊初の女性パイロットではなくただの女の子になっていた。しばし
「カワイイー」「カワイイー」
をさせてあげたところでもういいだろう。オレ達も引き上げなければいけない。オレは左手にトロンボーンケース右手にぎっしり詰まった譜面ケースを持たなければいけない。今しがたスロープの上にある文化会館でのステージが終わった帰りだからだ。どんな曲を演奏したか記憶はない。
「高岡。ウーミンを持って・・・・・」
と言いながら高岡を見ると彼も両手に楽器ケースをもっている。仕方ない。オレは左腕にウーミンを抱え何とか歩き出した。かなり無理な体勢だ。力を入れすぎるとウーミンは潰れるし、かといって緩いと両足をバタつかせた時落としてしまう。ああ、たいへんだ、などと考えているそのとき足元をもう一匹のウサギが駆け抜けて行った。そのウサギの名前はケンタロー。
しまった、ケンタローが逃げちゃった、まずいぞ、ケンタローは人から預かっているウサギだ。逃がしちゃったなんて言ってあやまるわけにはいかない。すわ一大事とウーミンを抱え、トロンボーンケースと譜面ケースをぶら下げ坂道を一目散にウサギを追いかけて駆け下りた。坂道の終わりはT字路になっており正面は木造の質素な家の門になっている。門は開いており、左右にはあまり手入れの行き届いていない垣根が続いていた。うささんケンタローは門を入ってサッと右に進路を変え敷地内を垣根に沿った排水溝の中を勢いよく右のほうへ走って行った。背中が笑っていた。
どうやらこのうささんは初めての土地であっても後ろ足が残ってなかなか前に進まないウーミンとは違うようだ。未知への挑戦、開拓精神旺盛、うらがえせば向う見ずな性格なようである。オレは視野から外してはならないと思い、門を入ってケンタローを追った。ケンタローは排水溝を伝って左に曲がり、その家の奥へ進んでいった。今度は隣の家との境のブロック塀に沿っている。うさぎさんには十分な巾だがオレにはきつかった。何とか追いついて行けたがうさぎさんはみえない。しかし、排水溝には吹き溜まった枯葉があるから
「シャカシャカ」
と音でわかる。シャカシャカ音はまた左に曲がった。家の壁とブロック塀がやっと終わったそこにはつつましいながらも庭があった。庭の中ほどで排水溝は土に埋まってしまったためかなくなっている。ケンタローは排水溝逃避をそこで終えキョロリと周囲を見回し躊躇うことなくピョンピョンと家の中に走りこんでいった。一瞬だったが顔が笑っていた。
オレはすかさず庭の中央まで踊り出て目線を家の中に移しどこへ逃げ込むやら追った。中には食事中の子供二人とおかあさん、そして犬二匹、猫、ウサギがいた。まだほかにもペットがいるかもしれないが一瞬の状況判断としては十分だ。子供がこっちを向いた。おっと、しまった、他人の家にしかも突然庭から食事中の一家団欒に乱入した自分に、はたと気が付き、
「あのおぉ〜。すいませぇ〜ん。ウサギがぁ、逃げてお宅のー、中のー、あの辺りにー」と奥の台所の食器棚あたりを指差し、たどたどしく、謝った訳でもなく、さりとて不躾にならないように気弱な感じで挨拶にかえた。幸いこの一家はオープンな性格だったようで、食事を中断し、どのあたりかしらんといった顔で台所に探しに向かっていった。オレはほっとした。金切り声をあげてドロボーとか喚かれたらたまったものではない。ほっとした。「あのぉ、すいませんけどぉ、荷物とウーミンを一旦、車に置いてからまた伺いますがぁ」まことに勝手だ。
「はーい。戻ってくるまでに探しときまーす。」
なんというできた家庭だ。こうでなければいけない。ほっとしたオレは家にあがり、玄関の方の向かった。帰りぐらいは礼儀正しく正面玄関からでたい。初めての家だがそんなに大きい家ではなかったのですぐに玄関にでた。
「じゃ、失礼しまーす」
と言い残して道にでた。するとそこにはこの家の子供がウサギをかかえてオレに気さくに問い掛けてきた。
「そのうささんはいくつ?」
オレはいつのまにか両腕で抱えているウーミンを上下にゆすりながら
「5才だよ」
と答えた。
「フーン。この子は10才!」
とその子は自慢気に言った。しばし会話をしたが、オレは急いでいるのだ。適当なところでじゃあね、と言い残し足早に路地を抜けた。車は駐車場にある。駐車場は・・・・・どこだったろうか記憶にない。しかし、とりあえずなんとなく記憶にある宅地造成中の段段のコンクリートの縁に沿って何回も曲がりながら遠くに見えるホテルらしき建物の方にトロンボーンケースを左手にぶら下げて歩いていった。この辺りは新開発地らしく目立った建物はその新築ホテルしかない。


ホテルの大きなガラス扉を入いり、エレベータの乗って下降した。はて、ロビーは何階だっただろうか。乗ったところは8階ぐらいだったはずだ。このホテルは急斜面に建っているので山側の地面は8階でいいのだ。ロビーは2階あたりだったか?幸い同じエレベータには今日のコンサートに出演した別バンドのギターのヤツがいた。
「2階だよ。」
そいつはオレが何階か思い出せない顔をしていることを察知したのか聞いてもいないのに応えてくれた。案外記憶は正しかった。エレベータを降りロビーへと向かう途中バリトンを持って帰っていく大山が見えた。あいつも車で帰るはずだ。そうだ、思い出した、駐車場はまた8階に昇って少し離れたところに歩いていくんだった。なんとなく記憶が蘇った。フロントにはバンド関係者が5人ほどいた。みんなルームキーを持っている。前のヤツが係員とやりとりをしているところが聞こえた。4400円請求されている。なんでだ。バンドで払ってくれていないか。自腹か。オレはマネージャーの廣田かバンマスの武井がいないかと周りを見回した。いなかった。オレの番になった。オレは4040円だった。チッ。5000円しか持っていないのに。これじゃもう残り少ない。まあいいか。あとは帰るだけだ。チェックアウトが終わったので駐車場へ・・・そうだ。近道をしよう。斜めに横切れば駐車場まで直ぐいけるはずだ。これがいけなかった。


オレはスタスタと裏のガラスドアから外にでた。駐車場の方角はだいたいわかっている。まっすぐとそちらに向かって歩いていく。正面には大きな建物がある。子供科学館だ。このビルの中を抜けて裏から出れば駐車場はすぐそこ、のはずだ。
オレは躊躇することなく子供科学館に入った。ザッとみたところ裏に抜ける出入り口はない。あるのは上へ向かうエスカレーターひとつだ。まずはこれで上へ行こう。新品のエスカレーターはたった一人のお客を乗せてスルスルと昇っていった。上についた。がらがらだ。よくある補助金で作った公的な会館のそれだ。フロアはガランとしているが絵画とか彫刻が2,3展示してある。借り手のつかない展示ホールなんだろうなあ。大きな全面ガラス窓から外を眺めているカップルがいた。オレも駐車場の方角を確かめるためにその二人とは反対側の窓から外を見た。しししししまった!!。なんてこった!
地面は遥かに下の方、ここはどう見ても20階ぐらいの高さだ。エスカレーターでちょっと昇っただけなのにどういうことだ。こんなことはしていられない降りなければ。しかし、どこをみても下りのエスカレーターはないし、階段のエリアもない。シンプルで何もない展示ホールだから状況は一目で把握できるのだ。はすむかいに上へ行くエスカレーターがある。さらに上へ行く意味はないが、そのエスカレータの外を見ると渡り廊下のようなものがある。あれで隣の棟へ行けるかもしれない。そうしよう。ということでまたエスカレーターで昇っていった。今度のエスカレーターは狭くて一人分の幅しかない。昇りながら上をみると昇りつめたところに襖サイズのステンレス板が横向きに立てかけてある。なんとこの板が立てかけてある壁との隙間をかいくぐっていかねば向こうに行けないのだ。ははーん。子供科学館だから趣向をこらしたんだな。オレはタイミングよくエスカレーターが終わりにさしかかると同時にステンレス板を左に押しやりその隙間に体を滑り込ませた・・・・かったが、思ったより遥かに重く、唸りながらなんとかステンレス板を潜った。これじゃ子供にはむりだ。役人は子供科学館をなんだと思ってるんだろう。なんとか中に入った。
なんだ!ここは。このフロアは人で溢れ返っている。若いチャパツのカップルと家族連れだ。グレイのコンサートとアニメキャラクタのショーが同時に開かれるのだろうか。なんとも統一感のない客層である。そんなことにはかまわず、オレはさっき見た外の渡り廊下があるであろう方向を目指し、しゃがんでいる若者、子供をダッコしているお父さん、子供を叱っているおかあさんをかき分けて進んだ。近づくにつれ嫌な予感がした。外への扉は周りの壁と妙に一体感をもっている。実際、ポスターなどが壁と扉を跨いで貼られているのだ。これはなんとなく開きそうもない。ドアのノブに手をかけ、廻そうとしたがまったく廻らない。鍵がかかっている。オーマイガッド!そう叫び、どうしたらいいだろう。オレは閉じ込められたんだ。何も悪いことしてないのに。ああああー。こうなったらなにしろこの建物から出たい。ホテルに戻って、たとえ遠回りになってもいいから普通の順路でやり直そう。気を取り直し出口探しとしたが、人が多くて動けない。首を伸ばして前後左右を探った。何とかあちらこちら探索するうち、人間の頭が下にスライドして降りていく場所があるように見えた。あった。下りのエスカレーターだ。しゃがむカップル、泣いてる子供、罵詈雑言を浴びせて喧嘩している夫婦、杖をつく老人、これらをかきわけエスカレータにたどり着いた。これも幅がせまい。しかも短い。2メートル程度しか下がらない。だから今度のフロアは天井が低く圧迫感がある。また嫌な予感がしてきた。このフロアはどうみても階段室ぐらいの広さしかない。窓もない。エスカレーターから降りてくる人数のほうがこの部屋から出て行く人数より多いのだろう、どんどん息苦しくなってくる。なんとかしてここから出なければ。押されて進んで行くと部屋の片隅の下の方に螺旋のスロープが見えてきた。らせん状で勾配は30度ぐらいだろうか、天井が低く螺旋の下りトンネルといってもおかしくはない。ここを腹ばって降りていくしかないようだ。オレは腹ばいになりスロープにあるイボイボを順に辿りながらすべり落ちないように匍匐前進していった。途中には怪我人とかもこの匍匐前進スロープ下りをリハビリの一環として採用しているのか、体の不自由な人がギクシャクと下っている。オレは急いでいるからその横をスルスルと匍匐ですり抜けていく。暗くて息苦しい。
この螺旋をかなり、そう、20周ぐらいしただろうか、漸く抜け出ることができた。抜け出るとなぜか周りに人がひとりもいない。シーンと静まり返っている。
このフロアは関係者以外にはあまり使われていないようだ。廊下には関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉があった。ほかに出口はないのでまようことなくこの扉を静かに開けて入りこんだ。そこは元給食室のようなところではあるが今はなにも使われているようにみえない。部屋の奥に外に出られそうな扉がある。飛んでいった。扉は開いた!しかし、そこはニ坪程度の敷地ではあるがこちらの面はビルの壁、残る3方は苔のはえた土面が延々と上に続いている。行き止まりだ!!!!あアぁあ!!!!!

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